明徳寺 (富山県富山市) 梅沢町界隈寺院群
梅沢町界隈寺院群は、1659年富山城の改築、城下町の整備と共に
富山城の南東に、寺町が形成され、60余ヶ寺が集められたといわれ、
新寺町と呼ばれたそうだ。
1945年の富山大空襲によって、寺町も壊滅状態となったが、徐々に
再興され、現在も40ヶ寺を超えるお寺が寺院群を形成している。
その中にあって、辰巳町に建つのが明徳寺である。

富山城跡

明徳寺周辺
明徳寺の開創は不詳であるが、大空襲で焼失し再建されている。
<富山県のお寺一覧>
(1)寺名:明徳寺(みょうとくじ)
(2)住所:富山県富山市辰巳町2-4-1
(3)宗派:浄土真宗本願寺派
(4)開創:不詳 (5)本尊:阿弥陀如来
(6)訪問日:2024年6月14日

本堂

門前
富山城の南東に、寺町が形成され、60余ヶ寺が集められたといわれ、
新寺町と呼ばれたそうだ。
1945年の富山大空襲によって、寺町も壊滅状態となったが、徐々に
再興され、現在も40ヶ寺を超えるお寺が寺院群を形成している。
その中にあって、辰巳町に建つのが明徳寺である。
富山城跡
明徳寺周辺
明徳寺の開創は不詳であるが、大空襲で焼失し再建されている。
<富山県のお寺一覧>
(1)寺名:明徳寺(みょうとくじ)
(2)住所:富山県富山市辰巳町2-4-1
(3)宗派:浄土真宗本願寺派
(4)開創:不詳 (5)本尊:阿弥陀如来
(6)訪問日:2024年6月14日
本堂
門前