秀隣寺 (滋賀県高島市朽木) 旧秀隣寺庭園

朽木岩瀬地区に建つ興聖寺の庭園を<旧秀隣寺庭園>と呼ぶが、
朽木野尻地区に建つ秀隣寺が開創された地であることから、その
名が残っている。
庭園は、室町時代後期に室町幕府第12代将軍・足利義晴が京を
追われ、朽木に逃れた際に建てられた岩神館の庭園として作庭
されている。

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                旧秀隣寺庭園

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                旧秀隣寺庭園

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                  秀隣寺


1606年、江戸幕府旗本・朽木宣綱が妻の菩提寺として、
岩神館跡に秀隣寺を開創している。
宣綱の妻は、京極高吉の娘でキリシタン(洗礼名マグダレナ)
1729年、興聖寺が秀隣寺の地に移転するにあたり、秀隣寺は
別の地に移り、その後転々とした後、現在地に再興されている。
秀隣寺は興聖寺の末寺であった。

<滋賀県高島市のお寺一覧>

(1)寺名:秀隣寺(しゅうりんじ)
(2)住所:滋賀県高島市朽木野尻244
(3)山号:万松山 (4)宗派:曹洞宗
(5)開基:朽木宣綱 (6)開創:1606年
(7)本尊:釈迦牟尼仏
(8)訪問日:2020年3月25日

1参道(25-5204)秀隣寺 (3).JPG
                  参道

2周辺(25-5204)秀隣寺 (2).JPG
                  周辺

3山門(25-5204)秀隣寺 (4).JPG
                  山門

4本堂(25-5204)秀隣寺 (7).JPG
                  本堂

6石仏(25-5204)秀隣寺 (9).JPG
                  石仏