梅旧院 (大阪市天王寺区) 芭蕉堂
天王寺七坂の一つ口縄坂(くちなわざか)を登りきった左に建つのが
梅旧院である。
<天王寺七坂>とは、北から
真言坂:生國魂神社への参道で、神社の真言宗寺院があった
源聖寺坂:坂下に源聖寺がある
口縄坂(蛇坂):浄春寺、梅旧院への参道
愛染坂:愛染堂への参道
清水坂:清水寺への参道
天神坂:安居神社(天神)への参道
逢坂:逢坂関に向う坂
梅旧院への口縄坂(蛇坂)は芭蕉の句にも詠まれている
芭蕉の句<口とぢて蛇坂(くちなわざか)を下りけり>

口縄坂

口縄坂

梅旧院山門
梅旧院の開創は不詳であるが、菅原道真が太宰府へ向う折の
ゆかりの地と伝承されている。
1694年芭蕉が大坂の地で亡くなった際、梅旧院の和尚がお経を
唱えた(花屋日記より)ことから、芭蕉と梅旧院の深い関わりを
うかがわせる。
芭蕉弟子の野坡が1704年に芭蕉供養塔を建て、加賀の俳人・
不二庵二柳が芭蕉堂を建てている。
それに、夕陽丘は芭蕉ゆかりの地でもある。
<全国のお寺一覧>
(1)寺名:梅旧院(ばいきゅういん)
(2)住所:大阪市天王寺区夕陽丘町1-18
(3)山号:宝光山 (4)宗派:曹洞宗
(5)開創:不詳 (6)本尊:釈迦牟尼
(7)訪問日:2015年9月20日、2022年6月19日

本堂

水子地蔵

芭蕉供養塔

芭蕉堂

梅旧院である。
<天王寺七坂>とは、北から
真言坂:生國魂神社への参道で、神社の真言宗寺院があった
源聖寺坂:坂下に源聖寺がある
口縄坂(蛇坂):浄春寺、梅旧院への参道
愛染坂:愛染堂への参道
清水坂:清水寺への参道
天神坂:安居神社(天神)への参道
逢坂:逢坂関に向う坂
梅旧院への口縄坂(蛇坂)は芭蕉の句にも詠まれている
芭蕉の句<口とぢて蛇坂(くちなわざか)を下りけり>

口縄坂

口縄坂

梅旧院山門
梅旧院の開創は不詳であるが、菅原道真が太宰府へ向う折の
ゆかりの地と伝承されている。
1694年芭蕉が大坂の地で亡くなった際、梅旧院の和尚がお経を
唱えた(花屋日記より)ことから、芭蕉と梅旧院の深い関わりを
うかがわせる。
芭蕉弟子の野坡が1704年に芭蕉供養塔を建て、加賀の俳人・
不二庵二柳が芭蕉堂を建てている。
それに、夕陽丘は芭蕉ゆかりの地でもある。
<全国のお寺一覧>
(1)寺名:梅旧院(ばいきゅういん)
(2)住所:大阪市天王寺区夕陽丘町1-18
(3)山号:宝光山 (4)宗派:曹洞宗
(5)開創:不詳 (6)本尊:釈迦牟尼
(7)訪問日:2015年9月20日、2022年6月19日

本堂

水子地蔵

芭蕉供養塔

芭蕉堂