賢忠寺 (広島県福山市) 福山藩主水野氏の菩提寺

江戸時代初期、福山は広島藩主福島正則の統治下にあったが、1619年
福島正則が改易されたことで、徳川家康の従兄弟・水野勝成が福山初代
藩主として着任し、1622年には福山城を築城し、城下町を整備して
いるが、その中で寺町を形成し、勝成の父・忠重の菩提を弔うために、
現在地に賢忠寺を1622年開創したと伝えている。
以後、藩主水野氏の菩提寺となった。

水野氏の墓所は、山陽線の工事に伴い線路の北側に移転し、水野公園と
して整備されている。

<広島県のお寺一覧>

(1)寺名:賢忠寺(けんちゅうじ)
(2)住所:広島県福山市寺町4-24
(3)山号:南陽山 (4)宗派:曹洞宗
(5)開基:水野勝成 (6)開創:1622年
(7)本尊:無量寿如来(阿弥陀如来)
(8)その他
1)水野勝成墓:県指定史跡 1651年
2)水野勝成像(画):県指定文化財 1645年
3)水野忠重像(画):県指定文化財 1640年
4)革包茶糸威二枚胴具足:県指定文化財 室町時代末期
5)訪問日:2020年4月4日


1外観(34-0114)賢忠寺  (18).JPG
                 外観

2山門(34-0114)賢忠寺 (3).JPG
                 山門

3本堂(34-0114)賢忠寺  (16).JPG
                 本堂

4北側外観(34-0114)賢忠寺  (2).JPG
                北側外観

5左山陽線右水野公園(34-0114)賢忠寺  (3).JPG
            左に山陽線右に水野氏墓所

6水野氏墓所(34-0114)賢忠寺  (11).JPG
                水野氏墓所

7水野勝成墓(34-0114)賢忠寺  (5).JPG
                水野勝成墓


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