金光寺 (三重県朝日町) 縄生廃寺か
朝日丘陵の縄生(なお)廃寺は、江戸時代から金光寺跡と呼ばれてきたが、
1986年の発掘調査で白鳳時代の古代寺院であることが判明し、
塔跡からは舎利容器も発掘されている。
金光寺の開創は縄生廃寺かどうか不詳であるが、平安時代には
苗代神社の別当寺として大いに栄えたといわれている。
1567年織田信長の伊勢侵攻により焼失したが、1673年現在の
縄生公民分館の地に再興され、その後現在地に再興されている。
現在の金光寺は自治会によって維持管理されている。
<三重県のお寺一覧>
(1)寺名:金光寺(こんこうじ)
(2)住所:三重県朝日町縄生736
(3)山号:雨宝山 (4)宗派:高野山真言宗
(5)開創:不詳 (6)本尊:十一面観音
(7)その他
1)釈迦十六善神図:町指定文化財 室町時代
2)参考
縄生廃寺跡:県指定史跡
縄生廃寺舎利容器:重要文化財 白鳳時代
3)訪問日:2017年10月11日
境内
本堂
1986年の発掘調査で白鳳時代の古代寺院であることが判明し、
塔跡からは舎利容器も発掘されている。
金光寺の開創は縄生廃寺かどうか不詳であるが、平安時代には
苗代神社の別当寺として大いに栄えたといわれている。
1567年織田信長の伊勢侵攻により焼失したが、1673年現在の
縄生公民分館の地に再興され、その後現在地に再興されている。
現在の金光寺は自治会によって維持管理されている。
<三重県のお寺一覧>
(1)寺名:金光寺(こんこうじ)
(2)住所:三重県朝日町縄生736
(3)山号:雨宝山 (4)宗派:高野山真言宗
(5)開創:不詳 (6)本尊:十一面観音
(7)その他
1)釈迦十六善神図:町指定文化財 室町時代
2)参考
縄生廃寺跡:県指定史跡
縄生廃寺舎利容器:重要文化財 白鳳時代
3)訪問日:2017年10月11日
境内
本堂