政秀寺 (名古屋市中区) 平手政秀の菩提寺

政秀寺は1553年織田信長が平手政秀の菩提を弔うために、小牧山の南、
現在の小牧市小木に開創している。

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                 全景

平手政秀(1492~1553年)は織田信秀、織田信長の重臣で、文化人
でもあった。
特に、若かりし信長の傅役を務め、信長と濃姫の婚約を取りまとめるなど
信長に貢献したが、1551年信秀が亡くなり、家中が騒がしくなる中で、
1553年政秀は自刃している。
この自刃の理由には諸説あるが、一般に言われているのは、
 信長の奇行を憂い、自らの死をもって諫言したと。

政秀寺は、1584年兵火で焼失し、1585年清須に再興されている。
1610年尾張藩が清須から名古屋に移る(清須越)過程で、政秀寺も
現在地に移っている。
平手政秀の墓は平和公園内の墓地にある。

<名古屋市のお寺一覧>

(1)寺名:政秀寺(せいしゅうじ) 
(2)住所:愛知県名古屋市中区栄3-34-23
(3)山号:瑞雲山 (4)宗派:臨済宗妙心寺派
(5)開山:沢彦 (6)開基:織田信長 
(7)開創:1553年(8)本尊:十一面観音
(9)訪問日:2017年5月21日

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                 山門

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                 庫裡

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                 本堂

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