西本願寺尾崎別院 (大阪府阪南市) 尾崎御坊
浜街道に面して建つ尾崎別院は、開創は不詳である善徳寺が焼失した跡地に
1598年桑山重晴が堂宇を建立して本願寺12代宗主・准如上人に寄進した
ことに始まり、尾崎御坊と呼ばれた。
桑山重晴は豊臣秀吉の家臣で、1585年に和歌山城代となり阪南地域の
領主となっている。
1596年出家し、1600年谷川藩主(現在の岬町)となっている。
尾崎別院は、大阪府にある西本願寺別院3ヶ院の一つではあるが、
位置づけは低くなっている。
<大阪府のお寺一覧>参照
(1)寺名:西本願寺尾崎別院<正式名:本願寺尾崎別院>
(2)住所:大阪府阪南市尾崎町2-8-19
(3)宗派:浄土真宗本願寺派本山本願寺別院
(4)開基:准如上人 (5)開創:1598年 (6)本尊:阿弥陀如来
浜街道
浜街道からの外観
山門
本堂
庫裡
1598年桑山重晴が堂宇を建立して本願寺12代宗主・准如上人に寄進した
ことに始まり、尾崎御坊と呼ばれた。
桑山重晴は豊臣秀吉の家臣で、1585年に和歌山城代となり阪南地域の
領主となっている。
1596年出家し、1600年谷川藩主(現在の岬町)となっている。
尾崎別院は、大阪府にある西本願寺別院3ヶ院の一つではあるが、
位置づけは低くなっている。
<大阪府のお寺一覧>参照
(1)寺名:西本願寺尾崎別院<正式名:本願寺尾崎別院>
(2)住所:大阪府阪南市尾崎町2-8-19
(3)宗派:浄土真宗本願寺派本山本願寺別院
(4)開基:准如上人 (5)開創:1598年 (6)本尊:阿弥陀如来
浜街道
浜街道からの外観
山門
本堂
庫裡