金蔵院 (埼玉県吉見町) 毘沙門堂

金蔵院は通称毘沙門堂と呼ばれているが、平安時代末期~鎌倉時代に
地元の武蔵武将・大串次郎重親が毘沙門信仰が篤く、これを本尊として
開創したと伝えられている。
一時は七堂伽藍の大寺であったといわれたが、天文年間(1532~55年)
の兵火により灰燼に帰している。
その後、毘沙門堂だけが再建され、現在は近くの観音寺が管理している。
 
大串重親は、1184年の宇治川の合戦や1189年の奥州征伐などで
活躍した武将として地元では名高い。
その重親の墓と伝えられる宝篋印塔が毘沙門堂の西の畑地に建っている。
発掘調査により、その石塔周辺から壺や甕などの遺物が出土している。
石塔ファンには見逃せないお寺である。

<埼玉県のお寺一覧>

(1)寺名:金蔵院(こんぞういん)<通称:毘沙門堂>
(2)住所:埼玉県吉見町大串2244
(3)山号:大串山 (4)宗派:本山修験宗
(5)開基:大串次郎重親 (6)開創:12世紀末 
(7)本尊:毘沙門天
(8)その他
1)二重宝篋印塔(伝大串重親墓塔):県指定史跡 1376年銘
2)二重宝篋印塔(山門近く):県指定史跡 1373年銘
3)出土白磁四耳壷・大甕:県指定文化財
4)訪問日:2015年10月31日

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                  境内

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                  山門

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                  本堂

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               山門近く宝篋印塔

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               山門近く宝篋印塔

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                伝大串重親墓塔

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                伝大串重親墓塔


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