安楽寺 (京都市左京区) 松虫鈴虫寺
東山鹿ヶ谷にあって、哲学の道沿いの山手に、茅葺山門が紅葉に
映える安楽寺は、鎌倉時代初期に現在地より東の東山山中に、
法然上人の弟子である安楽・住蓮が念仏道場として草庵を建てた
ことに始まるといわれている。
1206年女官の松虫・鈴虫が安楽・住蓮に帰依し出家し、これに
激怒した後鳥羽上皇は、1207年安楽・住蓮を処刑し、法然上人・
親鸞などを流刑に処している。これが建永の法難と呼んでいる。
法然上人、親鸞聖人にとっては大きな生涯事となっている。
1212年法然上人が京へ戻ると、安楽・住蓮の廃れた草庵を再建
し、安楽寺として再興したと伝えられている。
天文年間(1532~55年)現在地に再興されている。
茅葺山門と紅葉、新緑の映える風景と松虫・鈴虫の物語が、安楽寺
を象徴している。
<京都市左京区のお寺一覧>
(1)寺名:安楽寺(あんらくじ)
(2)住所:京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町21
(3)山号:住蓮山 (4)宗派:浄土宗系単立
(5)開基:安楽、住蓮 (6)開創:鎌倉時代初期
(7)本尊:阿弥陀如来
(8)その他
1)国登録文化財伽藍
本堂:江戸時代後期 客殿:江戸時代後期 山門:1892年
2)地蔵菩薩立像:市指定文化財 1258年
3)かぼちゃ供養:7月25日
4)訪問日:数回

哲学の道

哲学の道

参道

参道

山門

山門

境内

本堂

境内

境内

境内

本堂

庭園

庭園

松虫・鈴虫の墓

住蓮・安楽の墓
映える安楽寺は、鎌倉時代初期に現在地より東の東山山中に、
法然上人の弟子である安楽・住蓮が念仏道場として草庵を建てた
ことに始まるといわれている。
1206年女官の松虫・鈴虫が安楽・住蓮に帰依し出家し、これに
激怒した後鳥羽上皇は、1207年安楽・住蓮を処刑し、法然上人・
親鸞などを流刑に処している。これが建永の法難と呼んでいる。
法然上人、親鸞聖人にとっては大きな生涯事となっている。
1212年法然上人が京へ戻ると、安楽・住蓮の廃れた草庵を再建
し、安楽寺として再興したと伝えられている。
天文年間(1532~55年)現在地に再興されている。
茅葺山門と紅葉、新緑の映える風景と松虫・鈴虫の物語が、安楽寺
を象徴している。
<京都市左京区のお寺一覧>
(1)寺名:安楽寺(あんらくじ)
(2)住所:京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町21
(3)山号:住蓮山 (4)宗派:浄土宗系単立
(5)開基:安楽、住蓮 (6)開創:鎌倉時代初期
(7)本尊:阿弥陀如来
(8)その他
1)国登録文化財伽藍
本堂:江戸時代後期 客殿:江戸時代後期 山門:1892年
2)地蔵菩薩立像:市指定文化財 1258年
3)かぼちゃ供養:7月25日
4)訪問日:数回

哲学の道

哲学の道

参道

参道

山門

山門

境内

本堂

境内

境内

境内

本堂

庭園

庭園

松虫・鈴虫の墓

住蓮・安楽の墓