勝入寺 (鳥取県倉吉市) 戦国武将・池田恒興の菩提寺

織田信長の重臣・池田恒興は本能寺の変後、豊臣秀吉に仕え、大いに
活躍したが、1584年小牧・長久手の戦いで戦死している。
その子・輝政は関ヶ原の戦いで家康について功績をあげ、1600年
姫路初代藩主となっている。
姫路に入ると、家老・伊木忠次は姫路に池田恒興の菩提を弔うために、
恒興の法号・勝入を号して勝入寺を開創している。
輝政の孫・光政(3代姫路藩主)が1617年鳥取藩主となると、
伊木忠次の孫・忠貞も鳥取藩の倉吉へ赴任している。
その時、勝入寺も倉吉へ移している。

池田恒興の菩提寺は他に3ヶ寺あり、高野山奥の院にも供養塔がある。

<鳥取県のお寺一覧>

(1)寺名:勝入寺(しょうにゅうじ) 
(2)住所:鳥取県倉吉市仲ノ町746
(3)山号:護国山 (4)宗派:曹洞宗
(5)開基:伊木忠次 (6)開創:1601年 
(7)本尊:釈迦牟尼
(8)訪問日:2007年10月14日


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                 山門

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                 境内

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                 本堂

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                 地蔵堂


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