無量光院、悉地院 (和歌山県高野町高野山)

無量光院は12世紀前半、仁和寺第4世門跡の白河天皇第4皇子・覚法法親王
によって開創されたと伝えられ、16世紀初期に再興されている。
戦国時代には越後上杉謙信の帰依を受けている。
悉地院は10世紀初期の開創と伝えられ、戦国時代には織田信長や家臣達の
帰依を受け、元禄年間には赤穂藩主・浅野内匠頭が切腹するとそれを
弔っている。
高野山奥の院に、悉地院住職が供養塔を建て織田信長の菩提を弔っている。
高野山の敵でもあった信長を弔う高野山の奥深さを想う。

明治時代に入って、悉地院は無量光院に併設されている。
宿坊宿泊者には外国人が多いらしい。

<高野山のお寺一覧>

<無量光院(むりょうこういん)>
(1)住所:和歌山県高野町高野山267
(2)宗派:高野山真言宗 高野山子院 宿坊
(3)開基:覚法法親王 (4)開創:12世紀前半 
(5)本尊:阿弥陀如来
(6)その他
1)弘法大師像(画):県指定文化財 鎌倉時代
2)訪問日:2008年7月12日

<悉地院>
(1)開基:観賢僧正 (2)開創:10世紀初期 
(3)本尊:愛染明王

画像
                 山門

画像
                 標石

画像
                 客殿

画像
             織田信長墓所(奥の院)

画像
             浅野内匠頭墓所(奥の院)


この記事へのトラックバック