能福寺 (兵庫県神戸市兵庫区) 平清盛ゆかりの寺
平清盛が1168年兵庫の福原に別荘(雪見御所)を造営して、
日宋貿易の拠点として居住した時に出家したお寺が能福寺で
あったと伝えられている。
平家一門の帰依を得て、能福寺は大いに栄え平氏の祈願寺と
なっている。
1181年清盛が京都で亡くなり荼毘に付されて後に遺骨を
能福寺に埋葬したと伝えられており、現在は1980年に
平相国廟として整備されている。
805年唐から帰朝し和田岬に上陸したといわれる最澄が
開創したのが能福寺の始まりと伝えられている。
平安時代末期に平氏の祈願寺となって大いに栄えたが、
1341年全焼し衰微していくが、1599年になって
再興されている。
明治時代初期に建立された大仏が太平洋戦争で取り壊され
たが、1991年に再建され兵庫大仏と呼ばれて親しまれ、
今や能福寺の代名詞となっている。
<兵庫県のお寺一覧>
(1)寺名:能福寺(のうふくじ)
(2)住所:兵庫県兵庫区北逆瀬川町1-39
(3)山号:宝積山 (4)宗派:天台宗
(5)開山:最澄 (6)開創:805年
(7)本尊:薬師如来
(8)その他
1)新西国三十三ヶ所観音霊場第23番
2)十一面観音立像:重要文化財 平安時代初期 像高123cm
3)兵庫大仏:1991年 像高11m
兵庫大仏
平相国廟
境内
本堂

日宋貿易の拠点として居住した時に出家したお寺が能福寺で
あったと伝えられている。
平家一門の帰依を得て、能福寺は大いに栄え平氏の祈願寺と
なっている。
1181年清盛が京都で亡くなり荼毘に付されて後に遺骨を
能福寺に埋葬したと伝えられており、現在は1980年に
平相国廟として整備されている。
805年唐から帰朝し和田岬に上陸したといわれる最澄が
開創したのが能福寺の始まりと伝えられている。
平安時代末期に平氏の祈願寺となって大いに栄えたが、
1341年全焼し衰微していくが、1599年になって
再興されている。
明治時代初期に建立された大仏が太平洋戦争で取り壊され
たが、1991年に再建され兵庫大仏と呼ばれて親しまれ、
今や能福寺の代名詞となっている。
<兵庫県のお寺一覧>
(1)寺名:能福寺(のうふくじ)
(2)住所:兵庫県兵庫区北逆瀬川町1-39
(3)山号:宝積山 (4)宗派:天台宗
(5)開山:最澄 (6)開創:805年
(7)本尊:薬師如来
(8)その他
1)新西国三十三ヶ所観音霊場第23番
2)十一面観音立像:重要文化財 平安時代初期 像高123cm
3)兵庫大仏:1991年 像高11m
兵庫大仏
平相国廟
境内
本堂