願泉寺<貝塚御坊>(大阪府貝塚市) 環濠城塞の寺内町を形成したお寺
2008年現在、<重文>願泉寺本堂などが解体修理中であるが、
その費用の10%大阪府補助金が府の財政難から打ち切られ、寺の
負担が増え<国補助:80% 市補助:5%>てピンチになっていると
ニュースが流れたが、ここでお寺にがんばって欲しい。
15%自力で集める努力が今後のお寺の繁栄に結びつくだろう。
1555年頃から環濠城塞都市の計画が進み、紆余曲折を経て
1583~1585年の間本願寺御堂(本山)の役割も果たし、江戸時代
には住職(卜半家)が寺内町の領主として治め、今の貝塚の基礎を
築いてきた。
<大阪府のお寺一覧>
(1)寺名:願泉寺(がんせんじ)<通称:貝塚御坊>
(2)住所:大阪府貝塚市中846
(3)山号:金涼山 (4)宗派:浄土真宗本願寺派
(5)開基:行基 (6)開創:不詳
(7)中興:卜半斎了珍 1550年 (8)本尊:阿弥陀如来
(9)その他
1)主な伽藍
本堂:重文 1663年
太鼓堂:重文 1663年
表門:重文 1678年
鐘楼:重文 平安時代後期 旧青松寺から移築
築地塀:重文 1663年
目隠塀:重文 1663年
書院:市指定 江戸時代中期
経蔵:市指定 江戸時代中期
2)周辺には寺内町の面影が残っている
<修理中>
<重文>表門
<重文>表門(修理前)
<表門の向こうに<重文>目隠塀>
修理中の本堂覆屋
修理中の本堂内部
<重文>太鼓堂
<重文>鐘楼
経蔵
その費用の10%大阪府補助金が府の財政難から打ち切られ、寺の
負担が増え<国補助:80% 市補助:5%>てピンチになっていると
ニュースが流れたが、ここでお寺にがんばって欲しい。
15%自力で集める努力が今後のお寺の繁栄に結びつくだろう。
1555年頃から環濠城塞都市の計画が進み、紆余曲折を経て
1583~1585年の間本願寺御堂(本山)の役割も果たし、江戸時代
には住職(卜半家)が寺内町の領主として治め、今の貝塚の基礎を
築いてきた。
<大阪府のお寺一覧>
(1)寺名:願泉寺(がんせんじ)<通称:貝塚御坊>
(2)住所:大阪府貝塚市中846
(3)山号:金涼山 (4)宗派:浄土真宗本願寺派
(5)開基:行基 (6)開創:不詳
(7)中興:卜半斎了珍 1550年 (8)本尊:阿弥陀如来
(9)その他
1)主な伽藍
本堂:重文 1663年
太鼓堂:重文 1663年
表門:重文 1678年
鐘楼:重文 平安時代後期 旧青松寺から移築
築地塀:重文 1663年
目隠塀:重文 1663年
書院:市指定 江戸時代中期
経蔵:市指定 江戸時代中期
2)周辺には寺内町の面影が残っている
<修理中>
<重文>表門
<重文>表門(修理前)
<表門の向こうに<重文>目隠塀>
修理中の本堂覆屋
修理中の本堂内部
<重文>太鼓堂
<重文>鐘楼
経蔵