神護寺(京都市右京区) 最澄・空海ゆかりのもみじ寺

比叡山で修行中の最澄は802年招かれて、高雄山寺(神護寺の前身)で
法華経の講義を行い、それが桓武天皇の知るところとなり、以後最澄は
桓武天皇の庇護を受けるのである。
804年最澄・空海は遣唐使に同行して(船は別々)唐に渡る。
806年最澄は天台の教えを説いて、天台宗が始まる。
806年空海は唐から帰朝後しばらくして、809年高雄山寺に入り、
真言密教の布教を開始する。
812年最澄は空海から2度にわたって高雄山寺で密教の入門儀式である
結縁潅頂を受け、二人の親交が始まる。
ところが、813年最澄が空海に経典の借入を申し込んだが拒否され、
これ以降交流は途絶えた。
空海の願により824年高雄山寺と神願寺が合併し、神護寺となって
真言の寺として確立する。

こうした経緯を見ても、神護寺は最澄・空海と縁が深く、また天台宗・
真言宗の発展の礎となったのである。

現在、紅葉の三尾(高雄の神護寺、栂尾の高山寺槇尾の西明寺)といわれ、
室町時代には紅葉の名所になっていたという。

<神護寺 2011年紅葉>

<京都のお寺総覧>

(1)寺名:神護寺(じんごじ) 
(2)住所:京都市右京区梅ヶ畑高雄町5
(3)山号:高雄山 (4)宗派:高野山真言宗遺跡本山
(5)開基:和気持清麻呂 (6)開創:781年 神護寺の始まりは824年
(7)中興:文覚上人 (8)本尊:薬師如来
(9)その他
1)西国薬師霊場第44番
2)主な伽藍など
  金堂:1934年 本尊薬師如来立像:国宝 平安時代初期
  大師堂:重文 桃山時代 柿葺 <重文>板彫弘法大師像安置
  毘沙門堂:1623年 <重文>毘沙門天立像安置
  五大堂:1623年 
  鐘楼:1623年 梵鐘(875年)は国宝で三名鐘のひとつ
  多宝塔:1934年 <国宝>五大虚空蔵菩薩像安置
  楼門:1623年
3)密教美術の宝庫
  高雄曼荼羅、伝源頼朝像(画)など国宝11件
  他に多数の文化財
4)訪問日:数回


画像
                 紅葉

画像
                参道入口
            <おおよそ400段の石段>

画像
                 参道

画像
               参道途中の茶店

画像
                 硯石
           <伝説空海が硯代わりに使った石>

画像
                 参道

画像
                 楼門

画像
                 境内
            <入って来た楼門を見る>

画像
                 境内
               <金堂方向>

画像
                 唐門

画像
               和気公霊廟前
              <和気清麻呂の廟>

画像
                 明王堂

画像
               金堂への参道

画像
                 金堂

画像
               <重文>大師堂

画像
                 五大堂

画像
                毘沙門堂

画像
                 多宝塔

画像
                 鐘楼

画像
                 地蔵院


この記事へのトラックバック